東京大学文学部・人文社会系研究科
唐沢かおり研究室
自由意志と自己制御
私たちは、日常生活における様々な判断や行動を、意識的に、また、自分の自由意志で行っており、自分の行動を自分の意図や意志の力でコントロールしていると考えています。しかしながら、社会心理学の研究知見は、判断や行動が意識的なプロセスだけでなく、無意識的で自動的に生じるプロセスによって生じることを示しています。私たちは、脳内にあらかじめ組み込まれた様々なメカニズムや既存の知識により「動かされている」存在なのかもしれません。
しかし、実際のところどうなのでしょうか。私たちが、自分の行動を制御するシステムを持っているとするなら、それはどのようなメカニズムに支配されているのでしょう。また、「私たちは自動的に動かされる存在であり、自由意志などは存在しない」と思ってしまうことは、どのような影響をもたらすのでしょうか。
このプロジェクトは、これらの問題について、
①社会的判断や行動の自動性を自己制御のメカニズムに焦点を当てて検討する
②判断や行動が自動的な過程ではなく自由意志の統制下にあると信じることが私たちの行動に
どう影響するかを検討する、
の2つの課題を立てて考えていきます。
1. 自己制御メカニズムについて
自己制御というと、「努力」や「我慢」などという言葉を連想しますが、近年の研究では、自己制御も自動的なプロセスに基づいていることが示唆されています。例えば、目標の活性化や自己概念の活性化などの手続きにより、快に向かう衝動が抑制されたり、または、抑制が失敗したりしますが、それらが非意図的な過程として生起するなどです。また、一度、自己制御を行うと、そのあと、制御を自ら放棄するかのような「ライセンシング」と呼ばれる現象も見られます。この課題では、これらの自己制御における自動的なプロセスについて、多面的な観点から検討を行います。近年の脳科学の進展により、私たちの行動が「脳の働きにより決まる」過程が明らかになりつつあります。私たちが考えること、感じること、そして行動が脳により決まるのであれば、私たちの意志や意図はいったいどこにあるということになるのでしょうか。自動性や自己制御の研究は、自動的な過程を制御する要因として、正しい判断や望ましい自己を目指す動機の存在を指摘していますが、もし脳内過程ですべてが決まるのであれば、そのような動機すら幻想かもしれません。この課題では、自由意志の存在を肯定する、または否定することが、対人行動や自己統制にどのような影響を与えるかを検討します。
2. 自由意志を信じる効果について
自由意志の存在は哲学が扱ってきた話題であり、社会心理学が直接の回答を与えることは難しいのですが、自由意志を信じることがどのような効果をもたらすのかについては、検討が可能です。自己制御が、自分の意志の力で望ましい(そしてしばしばつらい)行動へと自分を向けることを含むことを踏まえるなら、自由意志があると思うこと自体が、望ましい行動を生み出す自己制御過程には必要なのかもしれません。
関連資料
日本社会心理学会第55回ワークショップ資料 (2014年) 資料
関連科研
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自由意志信念や認知の社会心理学的帰結:哲学との協同による統合的検討 (基盤研究 (B):研究代表者 唐沢かおり) 研究期間:2016-2019
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行動意志決定研究を基盤とした多元的価値下での処方的社会心理学の構築 (基盤研究 (A):研究大業者 竹村和久) 研究期間:2013-2016